名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)1712号 判決 1995年3月24日
愛知県常滑市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
浅井岩根
東京都千代田区<以下省略>
被告
大和証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
佐橋渡
主文
一 被告は、原告に対し、金四三九万七五五五円及びこれに対する昭和六三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
1 被告は、原告に対し、金八七五万〇一〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、昭和六三年一月、被告名古屋支店の従業員の勧誘によりワラントを購入した原告が、被告に対し、ワラントの危険性等につき説明義務違反等があったとして、民法七〇九条、七一五条一項に基づき、右取引により被った損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、有価証券の売買等の証券業務を営む目的で昭和一八年一二月に設立された会社である。
2 昭和六三年一月、原告は、被告名古屋支店の当時の営業次長であったB(以下「B」という。)の勧めで、USドル建てゼンチクワラント一〇万ワラント(以下「本件ワラント」という。)を代金七四五万〇一〇〇円で購入した。
3 同六三年一月二一日ころ、本件ワラントにつき、被告は、原告に対し、「権利行使最終日一九九二年(平成四年)四月一〇日、銘柄・摘要ゼンチクWR九二〇四、金額・単位一〇〇〇〇〇USドル」と記載した預り証(以下「本件預り証」という。)を送付した。
4 被告が原告に送付した「お取引残高のお知らせ」と題する書面には、種類「外国債券」、銘柄「ゼンチクWR九二〇四」、数量等「一〇〇〇〇〇USドル」と記載されていた。
原告が本件ワラントを購入した当時、ゼンチクワラントの価格は日本経済新聞にも掲載されていなかった。
5 本件ワラントにつき、同四年四月一〇日に権利行使期限が到来し、原告は、被告から本件預り証の返還を求められたため、これを被告に返還した。
本件ワラントは、右権利行使最終日の到来により無価値となった。
6 なお、原告は、本件ワラントのほかに、被告を介して、東レワラントを昭和六一年七月二四日に購入し、翌七月二五日にはこれを売却して、四二万五三一九円の利益を上げた。
原告は、東レワラント及び本件ワラントのいずれの取引についても「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)に署名押印していない。
二 争点
1 Bが、原告に対して本件ワラントの購入を勧誘した際、Bに説明義務違反等の違法行為があったか否か。
2 Bの勧誘行為につき説明義務違反等の違法行為があったとした場合の原告の損害額。
(原告の主張)
一 取引経過
原告は、昭和六三年ころまでは株式の現物取引を中心とした証券取引を行っていたが、そのころには、老後の生活資金を確実に蓄えていく必要を感じ、右取引を中期国際ファンド、投資信託、金貯蓄を中心とする投資に切り替えていた。このような中、同六三年一月一〇日、Bが電話で「ワラント債という儲る債券がありますからどうですか。」と勧誘してきた。これに対して、原告は、資金がない旨を延べて断わったところ、Bは、原告に「満期前のファンドを当てるようにしてあげる。」と述べて右購入方を勧めた。原告は、どのような事務処理がなされるかわからないまま、また「儲る債券」がどのようなものか、どのような危険性を有する取引なのかもわからないまま本件ワラントを購入することを了解した。
同六三年か平成元年ころ、原告は、ワラント債の発行条件を知り、また、自分で保管したいとの気持ちもあって、被告名古屋支店へ出向き、女子従業員に本件預り証を示して、本券を渡してもらいたい旨、また値段はどうなっているか知りたい旨申し入れたところ、右従業員は、本券は渡せないことになっており、値段は問い合わせないと名古屋支店ではわからない旨答えた。そのため、原告は、債券は被告が安全に管理してくれるものと思い、また、値段は外国でついているのかなという程度に考えた。本件ワラントの値段は日本経済新聞にも掲載されておらず、調べようにも調べる手だてがなく、また、被告から、値段についての説明や時価評価通知書が送付されてくるということもなかったので、原告は、「儲っているようならば、証券会社から教えてくれるだろう。」「仮に、下がっても満期には一〇万ドルはかえってくるのだから心配ない。」と思っていた。
平成三年一一月ないし一二月ころ、当時の担当者であったCから、「本件ワラントの権利行使期限が来年到来するが、今数百万円用意してもらえば、四〇〇万円位はお返しできます。」との電話連絡があった。これに対して、原告は、「儲る債券」との触れ込みであり、原告も本件ワラントをそのようなものと理解していたので、強く抗議し、Cと口論になった。原告は、やむなく数百万円を用意することにしたが、結局、その機会を得ることができず、本件ワラントは、同四年四月一〇日の到来により無価値となった。
なお、原告は、東レワラント及び本件ワラントのいずれの取引においても、確認書に署名押印を求められたことはない。
二 説明義務違反
1 説明義務
ワラントは、新株引受権証券であり、外貨建のものと円建てのものがあるが、①外貨建のものは為替変動による危険性があり得ること、②権利行使期限の定めがあって、その期限が経過すると無価値な紙屑となること、③権利行使価格も決まっていて、権利行使のためには代金を払い込む必要があること、④権利行使価格は発行時の株式価格よりも高く決められており、株式の時価が権利行使価格以上に値上がりしないと権利行使の意味はないことなどが、その商品の基本的特性であり、その商品構造は複雑で、危険性が高く、しかも周知性のない金融商品である。
証券取引における自己責任の原則も、自己責任を果たすことができる公正な取引環境が整備されていること、すなわちその基礎情報が顧客に与えられていること(いわゆるインフォームド・ディシジョンの確保)が当然の前提となっているのであるから、証券会社の従業員は、ワラントの特性が右のようなものである以上、ワラントの危険性、ワラントの商品構造、株価と権利行使価格との関係、現在ワラント価格とその意味(ポイント、パリティ、プレミアム)、価格情報の入手方法、株価がいくらになって権利行使したらワラント投資でいくらの利益が出るのか、権利行使による取得株数は何株であるのか、その場合にいくらの株式取得代金が必要となるのか、ワラントの取引が、株式取引と違って、店頭・相対取引という形態を取ることなどの諸点につき顧客に具体的な説明をし、顧客に右各点につき理解してもらってからでなければ、ワラントを当該顧客に購入させてはならない義務を負っているものというべきである。
2 本件における説明義務違反
被告の従業員であるBは、原告が安全で確実な投資方針を取っていて、かつワラント取引には全く無知無経験であることを知りながら、五分ないし一〇分程度の電話で「ワラント債という儲る債券がありますがどうですか。」との勧誘をし、ワラントの危険性、その商品構造と価格及びワラントの取引形態などについて説明することなく、かえって、本件ワラントを元本保証の転換社債のようなものと誤解させて、仕切値幅制限のないことに乗じて異常な高値で売り付け、その後も右誤解を継続させて権利行使最終日に至らせたものである。被告従業員の右一連の行為は、社会的相当性を逸脱する違法なものである。
三 虚偽表示、誤解を生ぜしめるべき行為
有価証券の売買に関し、虚偽の表示をし、もしくは、誤解を生ぜしめるべき表示をする行為は、証券取引法五〇条一項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令二条一号、公正慣習規則第八号従業員規則九条三項五号によって禁止されているところ、Bは、「ワラント債という儲る債券がありますからどうですか。」などと述べて、右各規定に反する違法な勧誘を行った。
四 適合性の原則違反
日本証券業協会宛の昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一号大蔵省証券局長通達は、「投資家に対する投資勧誘に際しては、投資家の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう充分配慮すること。特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する勧誘については、より一層慎重を期すること。証券会社はそれぞれ取引開始基準を作成し、この基準に合致する投資者に限り取引を行うこと。」として、いわゆる適合性の原則を定めている。これは証券会社従業員が顧客を勧誘する場合の大原則ともいうべきものであるところ、原告は、昭和六三年ころからは、老後の生活資金を確実に蓄えていく必要を感じて、中期国債ファンド等を中心とする投資を行っており、ワラントのような危険な取引を全く望んでおらず、Bもそれを知っていたのであるから、Bが、原告に対してワラントの購入を勧誘したのは右の適合性の原則に反する違法なものである。
五 責任及び因果関係
被告は、右のような一連の違法な勧誘行為、売買取引によって、原告に後記六の損害を発生させたのであって、これは原告に対する不法行為となる。また、被告は、証券取引という事業のために従業員を使用していたのであるから、ワラントの勧誘行為、売買取引という事業の執行につき、その担当従業員の行為により原告に生じた損害につき民法七一五条の使用者責任を負う。
六 損害
1 物的損害 七四五万〇一〇〇円(本件ワラントの買付代金相当額)
2 弁護士費用 一三〇万円
(被告の主張)
一 ワラントについて
いわゆる分離型ワラントは、新株引受権付社債のうち、新株引受権の部分を社債部分から分離し、これを証券化したものであり、その価格は、原則的には、発行会社の株価の変動に連動して上下し、株式、転換社債、投資信託等と同様のリスク商品である。
しかし、ワラントは、①株式投資に比較して、投資金が少なくてすみ(株式の信用取引の場合は三〇パーセント証拠金が必要である。)、②株価の上昇時には、いわゆるギヤリング効果により株式投資以上の高収入を享受することが可能であり、③その損失の限度がワラント投資金額に限定されるし、④その権利行使期限は通常、四年ないし六年と長期であるから、中・長期的に、時間的余裕をもって投資に臨むことができるという利点もある。
原告は、ワラントのリスク性を強調するが、そのリスクの程度は、株式の信用取引よりは低く、通常の株式投資と同程度か、それより少し高い程度のものである。
二 原告の説明義務違反及び適合性違反の主張について
1 ワラント取引において、証券会社の営業マンに商品の内容、性格等について説明義務が存するかは問題の存するところではあるが、これを肯定するとしても、その内容は、個々の投資者の投資経験、知識、判断能力等に応じて相対的に定められるべきものである。
そして、ワラントについての説明義務の内容としては、ワラントが新株引受権という「権利の売買」であること及びワラントがリスク商品であることの二点で足り、ワラントに権利行使期限があり、これを経過するときは新株引受権が消滅することまで説明する義務はないというべきである。すなわち、ワラント取引において、投資者は、ワラントの目先の高収益を狙ってこれを購入するのが実状であり、数年先の新株引受権の行使を念頭に置いて購入するものは皆無に近いのであるから、投資者にとって、権利行使期限経過後の権利消滅などはワラント購入の意思決定の要素とはなっていないのである。また、右の権利消滅という事態も、ワラントの価値がゼロとなる可能性があることは投資者として当然予測すべきもの、換言すれば、自己責任の原則により、自ら研究、勉強すべきものというべきである。
証券取引法も、証券取引が投資者の調査と判断によって行われるべきであることを前提として、それが合理的に行われる環境を阻害しないよう証券会社及びその役職員に一定の行為をすることを禁止しているに止まり、それ以上に投資者の調査と判断を積極的に援助すべきことまでを要求しているわけではない。証券取引の実務において、証券会社は、投資者に対し証券投資に関する種々の資料や情報を積極的に提供しており、ワラント取引においても、説明書を交付するなどしているが、これは、営業活動の円滑化と紛争、事故等の防止のために自主的措置として行っているもので、顧客に対するサービス業務の一環としてなされているというべきものである。
要するに、ワラント取引においては、投資者にワラントがハイリスク・ハイリターンの性格を有する証券であることが説明されていれば、投資者は、ワラントのリスクの大きさや内容について更に詳しく調査、検討して、判断する機会を持つことができるから、証券会社としては、顧客の投資経験、投資目的及び証券取引に関する知識等に応じて、ワラントがハイリスク・ハイリターンの性格を有する証券であることにつき注意を促す程度の説明をすれば足りると解すべきである。
原告は、昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一号大蔵省証券局長通達を根拠にして、適合性の原則をもって証券会社の法的義務である旨主張するが、そもそも、行政通達が右義務発生の根拠となり得るか疑問である上、投資者の意向、投資経験、資力及び投資に関する知識等は、投資者のプライバシーにわたる事実であり、特別の調査権限を認められていない証券会社にとっては容易に知り得ない事柄に属するから、証券会社が適合性に関する客観的な判断をすることは不可能である。そうであればこそ、右通達も、十分配慮するよう要請しているに止まっているのであって、証券会社に努力目標を訓辞的に提示しているにすぎないというべきである。したがって、投資者に適した投資が行われることは証券会社にとっても望ましいことではあるが、適合性の原則をもって証券会社の法的義務とまで認めることはできない。
なお、平成元年四月以降、ワラント取引に関し、証券会社に説明書の交付及び確認書の徴求が義務付られたが、原告が東レワラント及び本件ワラントを購入した当時は、未だ右のような義務付がなされていなかったため、被告は、原告から、右確認書を徴求していない。
2 原告は、二〇数年前から株式投資の経験を有し、信用取引の経験もあり、従前の取引歴からしても、信用取引よりも危険性の少ないワラント取引につき適格性があるのは当然のことである。
原告は、本件のゼンチクワラントの取引に先立って、昭和六一年七月二四日に東レワラントを一四三六万円で購入し、翌二五日には一四七九万円で売却してわずか一日で四三万円の利益を得ているわけであるが、右取引に当たって、Bは、原告に対し、ワラントが新株引受権であり、株式に比べて二、三倍の価格変動があって、ハイリスク・ハイリターンな商品である旨を説明し、計算書、預り証及び説明書を交付した。その際、Bが、原告に対して、ワラントを債券であると言ったことはない。
原告の従前の投資経験等からしても、原告は、ワラントの仕組みを十分理解した上で自らの責任と判断において本件ワラントを購入したものである。
三 証拠関係
本件記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
第三争点に対する判断
一 ワラント取引について
まず、ワラント取引についてみるに、証拠(甲三号証の一、二、四号証、甲一二号証、乙二ないし六号証、一六号証、弁論の全趣旨)によれば、ワラントは、新株引受権付社債(いわゆるワラント債)から社債を切り放した新株引受権の部分をいうこと、昭和五六年の商法改正によって新株引受権付社債の発行が制度的に認められるようになったが(商法三四一条の八以下)、これには、新株引受権付社債の発行後にワラント部分と社債部分を切り離して別個に取引の対象とする分離型ワラントとワラント部分と社債部分を結合させたまま取引の対象とする非分離型ワラントがあること、当初、日本証券業協会は、分離型ワラントにつき、新株引受権証券のみが単独で長期間流通することに対して、国内の投資家のなじみが薄く、その商品性が理解され、流通市場に円滑に受け入れられるかを懸念する声があったことから、海外で発行する場合には分離型も認めるが、国内発行は流通市場の受入体制が整うまでは非分離型に限ってはどうかとの考え方に立って、理事会決議に基づき、分離型ワラントの取引を自粛するという暫定的な措置を講じていたこと、しかし、日本証券業協会は、ワラント債(新株引受権付社債)には発行会社・投資家の双方にメリットがあり、そのようなメリットは分離型の場合にこそより十分に発揮され、また、分離型ワラントを国内でも認めることは国内の発行市場を国際的に通用する自由な市場に育成することに資すると考えられるとして、同六〇年一〇月三一日をもって右理事会決議を廃止したため、同年一一月一日以降、分離型ワラントの国内発行が解禁となり、同六一年一月一日から外貨建てワラントの国内取引が解禁となって、これが国内に還流するようになったこと、本件ワラントは、分離型ワラントであり、これは、右のとおり、新株引受権付社債に付与された新株引受権(ワラント)を社債(エクスワラント)から分離して証券化したもので、所定の権利行使期限内に予め定められた権利行使価格を払い込めば新株を引き受けることができる権利が表象されているわけであるが、理論価格(パリティ)としてのワラント価格は、発行企業の株価の変動に連動して上下し(外貨建の場合は、為替変動の影響も受ける。)、株価が権利行使価格を上回ればワラント価格は上昇し、株価が権利行使価格を下回ればワラント価格も下落すること、実際のワラント価格には、将来の株価上昇に対する期待値及び時間的価値(プレミアム)が付加されるので、株価上昇の期待が見込める限り無価値にはならないこと、しかし、権利行使期限内に新株引受権を行使しないと、新株引受権を行使することができなくなるから、ワラントは経済的に無価値となり、また、権利行使期限内であっても、株価が権利行使価格を上回ることがないことが確実となったときもワラントは無価値になること、ワラントは、株価の変動と対比して数倍の幅で価格が上下するいわゆるギヤリング効果(レバレッジ効果)があり、ハイリスク・ハイリターンな金融商品としての性格を有すること、ワラント債には、日本企業が日本国内で発行する国内ワラント債と日本企業が外国で外国通貨により発行する外貨建てワラントがあるが、実際上は外貨建てのもの、それもユーロドル市場で発行されるドル建てのものが最も多いこと、このような外貨建てワラントは、国内の証券取引所に上場されておらず、ロンドンやルクセンブルク等の外国の証券取引所に上場されているから、その取引は、外国の証券取引所または外国の店頭市場に注文を出して買い付ける方法と国内の証券会社との相対取引で買い付ける方法があるということができるが、実際のワラント取引のほとんどは、証券会社と顧客との間の店頭相対取引となっており、証券会社が顧客との間で売主となって、手持ちのワラントや他の証券会社等から調達したワラントを顧客に売り付け、また、自ら買主となって顧客の保有するワラントを買い取るという形態になっていること、右外貨建てワラントの価格については、従前、一般投資家が的確な価格情報を得ることが実際上困難であり、市場の透明性、価格形成の公正性の観点から改善を図るべき点が多いとの指摘があったので、日本証券業協会は、平成元年五月から市場性の高い代表的な銘柄につき協会員間売買における気配値を発表することとし、これはいわゆるクイック等の電子メディアや日本経済新聞等で公表されるようになり、発表銘柄数も次第に増加して行ったこと、また、同二年九月からは、業者間のワラント取引(ドル建てワラント全銘柄)は、日本相互証券株式会社を介して行うことになったため、同社を介して行われるワラントの業者間取引の売り最高値(ベストオファー)と買い最低値(ベストビッド)の平均値(中値)が直ちにクイック等の電子メディアで公表され、また、日本経済新聞等の経済専門紙において、前日の中値が公表されるようになったこと、そして、日本証券業協会は、平成元年五月から市場性の高い代表的な銘柄につき協会員間売買における気配値を発表することとした機会に、協会員に対し、顧客に「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」(以下「取引説明書」という。)を交付すること及び顧客から確認書を徴求することを義務付ける旨の理事会決議をなし、各証券会社は、右決議に従った運用をするようになったこと、以上の事実が認められる。
二 本件における取引経過について
前記当事者間に争いがない事実に証拠(甲五ないし九号証、乙七号証の一ないし五、八号証の一ないし三、九及び一〇号証、一一号証の一ないし一〇、一二号証の一ないし一四、二〇号証の一ないし三、二二号証の一ないし一八、二三号証の一、二、二四号証、二五号証の一ないし一四、二六号証の一ないし一八、二七号証の一、二、二八号証、二九号証の一、九、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の各事実が認められる。
1 原告(昭和八年○月○日生)は、昭和三四年三月に日本大学経済学部を卒業後、日本国有鉄道に就職し、主に資材部、経理部、会計監査の部署に配属され、同五九年二月、資材部長職を最後に退職した。右退職後、原告は、中部国鉄用品運輸株式会社、株式会社駅レンタカー中部、中部高架株式会社の各役員の職を経て、平成四年三月に株式会社aの監査役に就任し、現在に至っている。
2 原告は、昭和四五年ころから、証券取引を始め、仙台に勤務していた同五〇年ころ、被告ともその仙台支店を介して証券取引を行うようになった。そして、原告は、信用取引も行うようになり、昭和五三年ころまでの間、キャノン、シチズン、ダイハツ、三菱製紙、伊勢丹、富士紡績、ダイセル等の銘柄の信用取引を相当頻繁に行い、その後も、信用取引を継続していた。原告は、同五四年、名古屋に転勤となった後も、被告名古屋支店を介して証券取引を継続し、同五六年四月には被告に信用取引口座を開設して、パイオニア、日本ビクター、松下電気、住友金属等の銘柄の信用取引を行っていた。その後、原告は、同五七年三月二九日に妻が死去すると、老後の生活の安定、マイホームの購入、子供の教育等のことを考え、中期国債ファンド、投資信託、金貯蓄などの安定した投資に切りかえていくこととし、同五七年七月二〇日右信用取引口座を閉鎖した。しかし、同六〇年一月三〇日には再度被告に信用取引口座を開設して、日本楽器、第一製薬等の銘柄の信用取引を若干行ったが、右口座も同六一年四月一七日に閉鎖し、それ以降、原告の被告における信用取引はなくなった(被告において作成された信用取引顧客調査票には「慎重派である。余裕資金で無理のない現引出来る程度で信用取引を利用する。」との記載がされている。)。
3 前記のとおり、同六一年一月、外貨建てワラントの国内取引が解禁となったのに伴って、被告名古屋支店においても、ワラントを扱うようになり、Bも、被告の行った社員向けの研修会に参加し、ワラント取引の仕組み、ワラントがハイリスク・ハイリターンな新種の金融商品であるものの、投資リスクは投資元本に限定されるという面もあることなどの説明を受けた。Bは、本件取引当時、ワラントについて、「新しい商品であり、上がる銘柄さえ見つければ、かなり投資効率が高い商品であるが、その代わり危険もかなりある。」という認識を持った。
4 前記のとおり、原告は、同五四年ころから被告名古屋支店において取引をするようになっていたところ、原告の当初の担当者はCであったが、同五九年九月ころから、Bが担当者となり、原告は、Bを信頼し、その助言を得つつ取引を行っていた。
Bは、同六一年七月一〇日ころ、当時、東レの株価が値上がりすると予測し、ワラント価格は株式の値動きが基本であると認識していたので、原告に対し、電話でワラント取引の勧誘をした(当時、Bは、顧客勘定元帳等によって原告のこれまでの取引経過を調べ、原告が昭和五六年ころ信用取引等を行っており、株式取引については結構詳しいのではないかという印象を持っていた。)。
原告は、Bからの右のような勧誘を受けたので、Bの勧めに従って、同年七月二四日、東レワラント三〇ワラントを、指値六〇・五ポイント、一四三四万七五七五円で購入した。同年七月二五日、Bは、東レの株価が上昇したので、東レワラントのポイントを被告の本部に問い合わせた上、被告に今売ればこの程度儲る旨を連絡して右売却を勧めた。原告は、Bの言に従って、東レワラントを売却することとし、その旨をBに依頼して、東レワラントを指値六三ポイントで売却した。原告は、右東レワラントの売却により四三万円程の利益を上げた。
5 その後、原告は、従前通り、比較的安定した投資を行っていたところ、Bは、当時、食肉の自由化ということもあってゼンチクの株がはやされており、先々その株価の上昇が見込まれたので、同六三年一月一〇日ころ、原告に対し、ゼンチクワラントの購入を勧誘した。これに対し、原告は、資金がない旨を答えたところ、Bから、満期前のファンドを当てるようにしたらよい旨言われたので、Bの勧めに従って、同年一月一二日、権利行使最終日を平成四年四月一〇日とするゼンチクワラント(WR九二〇四、以下このゼンチクワラントを「ゼンチクワラント」という。)二〇ワラントを、指値五八ポイント、七四五万〇一〇〇円で購入した。
ゼンチクワラントは、店頭・相対取引という形態で取引されていたところ、当時の東京市場における店頭取引価格についての記録はないが(昭和六三年一月一二日の指値五八ポイントがどのようにして形成されたのか判然としない。)、大和ロンドンによる業者間取引の価格(ポイント)は、以下、ビッド(売り)、オファー(買い)の順に、同六三年一月七日に四八、四九・五、同年一月八日に四六・五八、四八、同年一月一一日に四八・五、五〇、同年一月一二日記録なし、同年一月一三日に五一、五二・五、同年一月一四日に五二、五三・五、同年一月一五日に五二、五三・五、同年一月一八日に五〇、五一・五、同年一月一九日に五〇・五、五二、同年一月二〇日に四八、四九・五、同年一月二二日に五〇、五一・五、同年一月二五日に四四、四五・五、同年一月二六日に四六、四七・五、同年一月二七日に四八、四九・五、同年一月二八日に四九・五、五一、同年一月二九日に四七、四八・五、同年二月二六日に四八、四九・五、同年三月四日に四二、四三・五、同年三月一一日に三九・五、四一、同年三月一八日に四〇・五、四二、同年四月八日に四八・五、五〇、同年四月一五日に五一・五、五三、同年四月二二日に四九、五〇・五、同年四月二九日に五七、五八・五、同年五月四日に五九・五、六一、同年五月五日に五九・五、六一、同年五月六日に五七・五、五九、同年五月一三日に五六・五、五八、同年五月二〇日に五一・五、五三、同年五月二七日に四七、四八・五、同年六月三日に四九、五〇・五、同年六月一〇日に四七・五、四九、同年六月一三日に四八、四九・五と推移し、この間、五〇ポイントを超える価格が続いたため、権利行使が進み、流通性が薄れた結果、同日をもってマーケットメイク終了となった(なお、平成四年三月三一日時点でのゼンチクワラントの権利行使率は八九・二一パーセントであった)。
6 この間、昭和六三年一月二一日ころ、原告は、被告から、「権利行使最終日一九九二年(平成四年)四月一〇日、銘柄・摘要ゼンチクWR九二〇四、金額・単位一〇〇〇〇〇USドル」と記載した本件預り証の送付を受け、また、年に二回程度の割合で被告から「お取引残高のお知らせ」と題する書面の送付を受けていたが、右書面には、本件ワラントについて、種類「外国債券」、銘柄「ゼンチクWR九二〇四」、数量等「一〇〇〇〇〇USドル」と記載されていた。その後、原告は、被告名古屋支店へ出向いて、その従業員に本件預り証を示し、本券を渡してもらいたい旨、また値段はどうなっているか知りたい旨申し入れたところ、右従業員から、本券は渡せないことになっており、値段は問い合わせないとわからない旨言われた。
なお、Bは、原告が本件ワラントを購入した後、二週間程したころ、被告名古屋支店から被告福山支店へ転勤となったので、原告を被告名古屋支店の次長Dに引き継いだ。
7 ゼンチクの株価は、昭和六三年一月一二日の高値が一〇五〇円(引け値は一〇二〇円)であったが、その後、下落し、同年三月二六日に八三八円となった後、上昇し、同年五月二日に一〇九〇円、同年六月二〇日に一〇八〇円となった。その後、右株価は下落し、同年一〇月に七三一円となったが、上下の値動きをしながら、同年一一月二一日に九一〇円、平成元年一月二七日に九七四円、同年三月二九日に八四五円、同年四月二八日に一一〇〇円と推移した後、下落して、同年六月二八日に九一五円となった。そして、右株価は上昇し、同年九月二九日及び同年一二月七日にそれぞれ一一六〇円を記録した後、同二年二月ころまでは概ね高い株価で推移したが、その後、急激な下落傾向を示し、同二年四月五日には五五九円まで下落し、同年五月二三日に八六二円、同年六月一四日に一〇四〇円と回復したが、同年一〇月一日には四六四円まで下落し、同三年二月二一日には八六一円に、同年六月三日に七六〇円、同年七月九日に五四〇円、同年八月二〇日に五〇〇円、同年九月一九日に八三六円と推移し、同四年四月一〇日には三五九円まで下落した。
Bの転勤後、本件ワラントに関して、被告名古屋支店の従業員から原告には格別の連絡もなく推移していたところ、同三年一一月ないし一二月ころ、原告は、当時の担当者Cから「本件ワラントの権利行使期限が来年到来するが、今数百万円用意してもらえば、四〇〇万円位はお返しできます。」との電話連絡を受けた。これに対し、原告は、Cの言によっても三〇〇万円以上の損失を被ることになるため、Cと口論になったが、やむなくCの言に従って右金員を用意することにした。しかし、当時、ゼンチクの株価は急落を続けており、結局、原告は、Cのいう右のような機会を得ることができず、本件ワラントは、同四年四月一〇日の到来により無価値となった。
なお、原告は、被告から、取引説明書の交付を受けたり、時価の通知書の送付を受けるといったこともなく、また、被告から確認書を差し入れるよう申し入れられたこともなかった(ただし、本件ワラント取引は、日本証券業協会の理事会決議により、取引説明書の交付と確認書の徴求が義務付けられる以前の取引である。)。
三 争点1(不適正行為の存否)について
一般に、証券取引は、本来的に危険を伴うものであるから、証券会社を介して証券取引を行おうとする投資家は、証券会社から情報、助言等を得て取引を行う場合も、最終的には自らの責任において、当該証券取引を行うかどうか、また、どの程度の証券投資をするかを決すべきものである(自己責任の原則)。しかし、個人投資家は、証券取引に関する情報の収集等の能力が充分でないのが通常で、情報収集や企業分析の能力のある証券会社を介して証券取引を行い、また、証券会社の情報提供、助言を信頼して取引を行わざるを得ないという実状にあり、また、新種の証券取引においては、投資家が自己責任の原則に従って投資行為をなす環境が十分に保障されていない場合もある。したがって、一般の投資家と接する証券会社の従業員は、当該取引において、不適正な勧誘行為によって一般投資者に不測の損害を被らせることのないよう配慮すべき義務があるというべきであり、当該取引に係る具体的な事情の下で、証券会社の従業員に、社会的に相当でない不適正な勧誘行為があり、そのことに起因して顧客が損害を被った場合は、当該顧客に対する不法行為を構成することがあるというべきである。
そして、右の判断に当たっては、当該証券取引の性質、投資者の経歴・職業、投資経験、投資知識、従来の投資方針、同種取引の経験、当該取引の経過、勧誘行為の態様等の諸事情を相関的に考慮すべきである。
そこで、前記一及び二において認定した事実をもとに、まず、Bの原告に対する勧誘に違法と評価すべき行為があったか否かについて検討する。
1 まず、前記一認定のワラント取引に関する事情の下で、証券会社の従業員は、ワラント取引につき、顧客に対し、どのような説明をする義務があったかについて検討する。
原告は、ワラント取引の性格上、その危険性、ワラントの商品構造、株価と権利行使価格との関係、現在ワラント価格とその意味(ポイント、パリティ、プレミアム)、価格情報の入手方法、株価がいくらになって権利行使したら本件ワラント投資でいくらの利益が出るのか、権利行使による取得株数は何株であるのか、その場合にいくらの株式取得代金が必要となるのか、ワラントの取引が、株式取引と違って、店頭・相対取引という形態を取ること等について顧客に具体的な説明をすべきであると主張する。なるほど、前認定のとおり、当時、ワラントは、ハイリスク・ハイリターンな馴染みの薄い新種の商品であり、また、投資家がその価格に関する情報を得ることが事実上困難で、店頭市場における相対取引の形態で取引されていたのであるから、取引に透明性を付与する意味においても、原告の指摘する右のような諸点について説明を加えるということは一応望ましいことといわなくてはならない。しかしながら、前記のとおり、証券取引において不適正な勧誘行為を行ってはならないとされる実質的な理由は、当該証券取引上、投資家に不測の損害を被らせることのないよう配慮すべきことにあるのであるから、原告の主張するような諸点につき説明をしない限り、その勧誘行為が直ちに違法になるというべきではなく、当該顧客の投資適格との関係で、当該商品の新規性に応じて、その取引のリスク等の概要を顧客に説明し、当該取引において顧客に不測の損害を生じさせないよう配慮するということで足りるといわなくてはならない。
これを本件についてみるに、前記一及び二において認定した本件ワラント取引の性質及び取引経過等からすれば、本件取引当時、原告は、中期国債ファンド、投資信託、金貯蓄などの安定した投資に切りかえていたわけであり、Bとしても、顧客勘定元帳の記載等によって、原告の当時の投資傾向が右のようなものであることは知っていたものと推認されるから、ワラントの特質及びその危険性について相応の説明をする義務があったというべきである。すなわち、Bとしては、ワラント価格が、発行企業の株価の変動に連動して上下し、株価が権利行使価格を上回ればワラント価格は上昇し、株価が権利行使価格を下回ればワラント価格も下落すること、権利行使期限内に新株引受権を行使しないと、新株引受権を行使することができなくなるから、ワラントは経済的に無価値となり、また、権利行使期限内であっても、株価が権利行使価格を上回ることがないことが確実となったときもワラントは無価値になることにつき、その概要を説明して、原告に不測の損害を生じさせないようにする義務があったといわなくてはならない。
2 そこで、Bが右のような説明義務を尽くしたか否かについて検討を加える。
まず、東レワラントの取引について、証人Bは、「東レワラントの取引の際、ワラントの説明をしたと思うが、はっきり当時のことは覚えていない。どうして今買うのがいいのか、そういう説明をきっちりしたという記憶はないが、ワラントというのは株式の値動きが基本であるから、当時の株が値上がりするという予測のもとに東レワラントを勧めたと思う。」「東レワラントを初めて買ってもらったときに、それが分離型ワラントであるとか、株に比べて二、三倍の値動きをするとかいう説明は基本的にはしております。」旨供述する。Bの供述は必ずしも明確なものではないが、右供述の内容からすると、Bとしては、当時、どのような説明をしたのかにつき具体的な記憶はないものの、ワラントの基本的な性格及びワラント価格が株価に比較して二、三倍の値動きをするものであるといったことは説明したと思うというのがその供述の趣旨であるように思われる。これに対し、原告は、その本人尋問において、「東レワラントの取引についての印象は薄く、後からそのような取引をしたことに気付いた。右購入の際、Bから儲かるワラント債があるから買わないかと言われた。Bから転換社債のようなものだと聞いたので、ワラントをそのようなものだと思った。」旨供述する。
次に、本件ワラントの取引について、証人Bは、「当時の記憶は明確でないが、本件ワラントが、新株引受権であること、株式に比較して大体二、三倍位の変動があるから、ハイリスク・ハイリターンの商品であること、少額資金で投資効果が上がる反面、そのリスクも大きいということは一般的に説明している。」「本件ワラントを絶対儲る債券であると言ったことはない。」「ゼンチクワラントを原告に勧めたときに、転売による方法と権利行使をする方法があることを説明したかどうかは記憶にない。」旨供述する。これに対し、原告は、その本人尋問において、「本件ワラント取引については、Bから、儲る新しい債券が出たが買わないかというニュアンスの電話が架かってきた。その際の明確な記憶はいが、ワラント債という言葉を使って話があった。「本件ワラントの指値の話は全くなく、右指値が五八ポイントであることは本訴になって知った。」「Bの話では、ワラント債は、株価と連動するということであったが、その権利行使期限とか権利行使価格という話は全くなく、権利行使の方法についての説明も全くなかった。また、ワラントの危険性とか取引形態についての話もなかった。」「Bと電話で話したのは五分か一〇分程度だったと思う。」「Bから、値段の調べ方についてはなんの話もなく、原告から値段の調べ方について尋ねたこともなかった。」「Bの説明によって、原告は、株価に連動する利回りのいい、転換社債的なイメージを持った。Bが、儲る債券と言い、本件預り証や取引残高書にも債券と記載されていたことから、万一の場合でも、元利金は返ってくると思っていた。」旨供述する。
右のとおり、東レワラント及び本件ワラントの取引の当時、Bが原告にどのような説明をしたかについては、Bと原告の各供述内容に相違があり、また、前認定のとおり、原告には取引説明書等が交付されておらず、右各供述を裏付けるに足りる客観的証拠がないことからすると(Bの証言中には、右取引に当たって、原告に対し、説明書を交付したかのような供述部分があるが、その供述には具体性がなく、これを裏付ける資料もない。)、Bが、原告に対し、どのような説明をしたのかを確定することは困難というほかない。しかしながら、原告の右供述によると、原告はBから五分か一〇分程度の説明を受けたことが窺われ、当時、ワラントが新種の商品であったことからすると、Bは原告になんらかの説明をし、原告もこれに対して質問をするなどしたのではないかと思われる。そして、前認定のワラント取引に関する諸事情及びBと原告の右各供述を総合すると、Bは、原告に対し、ワラントの価格が株価と連動してその数倍の値動きをするので、少額の資金で投資効果が上がる旨を説明し、ワラントの性質について、転換社債の転換権の部分と社債部分を引き合いに出して、ワラントと社債部分の説明をしたのではないかと思われ、これが、原告にワラントを転換社債のようなものだという理解を生じさせたのではないかと思われる。原告は、Bから本件ワラントをワラント債と説明され、また、被告から送付を受けた「お取引残高のお知らせ」と題する書面に種類、「外国債券」と記載されており、Bから、安全で株価に連動して儲る旨の説明を受けていたので、本件ワラントを元本保証の転換社債のようなものと理解していた旨供述するが、前認定のとおり、本件ワラント取引の当時、原告は、昭和六一年七月に東レワラントを購入して、わずか一日で四三万円程の利益を上げていたのであるから、当時、原告が、ワラントを右のようなものと理解していたかは多分に疑問であって、右取引を通じて、ワラント取引が株価の変動によって大きな利益を生む(また、その反面、大きな損失を被る可能性もある)相場変動商品であるという程度の認識は当然に有していたものと思われ(ただ、東レワラントの取引で短期間に効率のよい利益を上げたことが、原告にワラント取引のリスク面への関心を希薄化させたのではないかと思われる。)、Bも、その程度の説明は当然にしていたものと思われる。したがって、Bが、本件ワラントを元本保証のものと誤解させるような説明をしたとまでは認め難い。
そうすると、本件ワラント取引において、Bは、原告に対し、ワラントの価格が株価と連動してその数倍の値動きをするハイリスク・ハイリターンな商品である旨の説明は尽くしたものと認められる。
ただ、原告の前記供述からすると、Bは、そのハイリスク性よりも、投資効率がよいことを強調する言辞に及んでいたものと推認されるのであるが、顧客が証券取引の経験を有しなかったり、また、経験があってもその経験が浅い場合であれば格別、前認定のとおり、原告の経歴、年齢、投資経験からすると、原告との関係では、右のような勧誘上の言辞があったことから直ちに不適正な勧誘があったとまでいうことはできないであろう。
しかし、前記のとおり、Bには、権利行使期限の意味及び権利行使期限経過後はワラントが無価値となることを説明すべき義務があったというべきところ、前記のとおり、原告は、右の点につきBから説明を受けていない旨供述し、Bも、右の点について説明した記憶はない旨供述しているのであって、他に被告が右説明をしたことを窺わせる資料もないことからすると、Bは、東レワラント及び本件ワラントの各取引に当たって、権利行使期限の意味及び権利行使期限経過後はワラントが無価値となることの説明はしていないものと認めるほかない。また、権利行使期限に関しては、本件預り証に「権利行使最終日一九九二年四月一〇日」との記載があるものの、それがどのような意味を有するものであるかの記載はなく、当時、ワラントが一般の投資家に馴染みの薄い金融商品であったことや前認定の原告の投資歴に関する諸事情をも考慮すると、本件預り証の右記載だけから、原告が権利行使期限の意味や権利行使期限の経過に伴う危険性を知ることは困難であったものといわざるを得ない(当時、経済誌、新聞等においてワラント取引に関する情報が一般投資家にも流布されていたものと思われ、原告の投資経験等からすると、本件ワラント取引を開始した前後ころに、原告も右のような出版物等によってワラント取引についての知識を得ていたのではないかと推測されなくもないのであるが、憶測の域を出ない。)
そして、前記のとおり、Bが、ワラントのハイリスク性よりも、投資効率がよいことを強調する言辞に及んでいたことも、権利行使期限の意味等の説明を尽くしていないこととの関係では問題のある言辞であったというべきであって、Bが右説明義務を尽くさないで、ワラントが投資効率のよい商品であることを強調して本件ワラント取引を原告に勧誘したのは違法な勧誘行為であったというべきである。
したがって、Bの右勧誘行為は原告に対する不法行為を構成するものというべきであり、被告は、証券取引業務の遂行のためにBを使用していたのであるから、Bの行為により原告に生じた後記四の損害につき民法七一五条の使用者責任を負うべきである。
四 争点2(損害額)について
1 前認定のとおり、本件ワラントは、権利行使最終日である平成四年四月一〇日の到来により無価値となったわけであるから、原告は、本件ワラントの買付代金相当額である七四五万〇一〇〇円の損害を被ったものというべきである。
2 しかし、前認定のとおり、原告は、長年、日本国有鉄道にの資材部、経理部、会計監査の各部署に勤務し、昭和五九年二月に資材部長職を最後に退職した後も中部国鉄用品運輸株式会社等の役員の職にあった者で、長年にわたって株式取引の経験を有し、一時期信用取引も頻繁に行うなどしていたのであって、当然、証券取引につき一般的な知識も有し、投資判断のための調査等も自らなし得る能力を備えていたものと認められる(その意味で、ワラント取引について適格性がなかったということはできない。)。
そして、原告は、昭和六一年七月に東レワラントの取引により、わずか一日で四三万円程の利益を上げていたのであるから、ワラント取引がハイリターンな商品である反面、ハイリスクな商品であることは当然に認識し得たはずであって、そうであれば、Bから、本件ワラントの購入を勧誘された際、その投資価額も大きく、また、本件預り証には「権利行使最終日一九九二年(平成四年)四月一〇日」との記載があったのであるから、ワラント取引の仕組や権利行使期限の意味等について、自ら調査し、また、B等に説明を求めるなどして、右取引に関する情報を収集すべく努めるべきであったというべきであるし、前認定のとおり、原告が、被告名古屋支店へ出向いて、本券を渡してもらいたい旨、また値段はどうなっているか知りたい旨申し入れたところ、右従業員から、本券は渡せないことになっており、値段は問い合わせないとわからない旨の説明を受けたというのであるから、その機会に、更に突っ込んで調査をし、また、被告従業員に更に的確な質問をして説明を求めるなどしていれば、本件ワラント取引の仕組や権利行使期限の意味等について的確な情報を得て、その危険性を認識し、適宜、損害の拡大を防止するなどの措置を講ずることができたものと思われる。
したがって、本件ワラント取引において、原告が前記のような損害を被ったことについては、原告にも相応の過失があったものといわざるを得ず、右に検討したところにBの勧誘行為の態様等前認定の諸事情を総合考慮すると、損害額の算定に当たっては、過失相殺として原告の損害額の四割五分を減ずるのが相当である。
3 原告は、弁護士浅井岩根を訴訟代理人として本訴を提起し進行しているところ、弁論の全趣旨によれば、これに相当額の費用、報酬の支払をなし、あるいはこれを約したことが認められ、本件訴訟の難易、審理の経過、請求認容額等を考慮すると、原告が本件ワラント取引により被った損害として被告に求め得る弁護士費用額は金三〇万円と認めるのが相当である。
五 よって、被告は、不法行為に基づく損害賠償として、原告に対し、金四三九万七五五五円及び不法行為の日である昭和六三年一月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原敏雄)